エッセイ童話

お気に入りのズボン

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今から35~6年前、

銀座の小さなブティックに立ち寄った時、ズボンと出会った。

「なんて履きやすそうでシンプル、生地も良さそう」

私は一目で気に入り購入した。

お値段はブランド品、そして銀座という立地柄ということで、

私にとっては少し高めであったが奮発した。

そんなズボンが私に語りかけている。

━━私が30年以上共に暮らすとは思ってもみなかった。

まあ、私なりにいろいろとあったりしました。

ところで私を購入した彼女を、「相方」と呼ぼう。

相方は毎年秋ごろになると私をタンスから取り出す。

初めの頃は外出着として、

とてもかわいいカシミヤのフワフワセーターと合わせ、

それが私にピッタリ。

とてもかわいい。

ある時は、スポーティなシャツ。

又これもとても良い。

相方は着心地、色合いにも満足している様子。

しかし、一年も過ぎると洗濯機でザブザブ。

ちょっと驚いたが、すぐその扱いにも慣れた。

もちろん、私の他にも何本もの仲間が入ってきた。

しかし、

相方は気に入らないと、

何回か履くと後はタンスの中で眠らせるという訳です。

そして、そのうちに「ズボン下」になる。

相方はとても冷えにこだわりがあり、

女性は冷えは絶対に良くないとズボンの下にズボン下。

そのまた下に綿タイツ。四季を通して体を冷やさない。

という訳で、

気に入らない物は「ズボン下」ということになる。

格下です。

洗濯機の中は雑居状態。

洗剤も、オシャレ着用から普通洗剤。

まあ、それもしょうがないこと。

しかしまだ、多少特別扱いだと思うことは、

「アイロン」をかける。

するとまあ、私はまた見違えてしまうのですよね!

これが、仕立ての良さ、生地の良さです。

10年から20年と過ぎると、事件。

嫌なこともありました。

1つは、相方は冬が終わると洗濯して防虫剤を必ず入れ、

私をタンスの中へ。

ところが、

防虫剤を忘れてしまったのです。

ウール100ではありませんが、

ウールが入っていて年老いた身体で、

洗濯機の荒波をくぐってきた私です。

やられました。

小さな穴。

これで終わりかと思いました。

すると相方は、

それをきれいに直してしまい、

見た目ではわかりません。

あきらめませんね。

嫌なことと言えば、

洗濯機から出てベランダの物干しの時のこと。

ある日、隣のズボンが私に、

「なんて古臭い!」

私は、“なんて失礼なことを” と思った。

すると他のズボンも、

「そうね、偉そうな顔していたけど、何年生まれ?」

私は、

「忘れました」

なんだかバツが悪くなったが、

心の中で “相方は私をとても気に入っているのです” と、

大声で言った。

そんな時、毒々しい色をしたズボンが、

「色でも付けちゃおうか」

と言うと、どこからかクスクスと笑い声が聞こえた。

でも私は、

「きっと、あなたとはいっしょに洗わないと思いますよ。大切にされているので!」

と言った。

すると周りは静かになり、

それからは堂々と、

ベランダで大きな態度で太陽を浴びることにしました。

25年30年と経つと、老いは隠せない。

裾が破けました。

何年も靴ともみ合い、良く持ちましたね。

相方は「長目」が好みなので、“靴磨き”をしてしまったのです。

これで終わりです。どう考えても!

でも、

相方はハサミでチョキンとしました。

今は短いのも良いかもと。

驚きましたね。

短くなった私は、

ちょっと違う顔で再登場です。

嬉しいですね!

私をこの世に出した人たちもびっくりするでしょう。

信じられないと。

そして、喜んでくれると思う。

こんな私でも最後があるのです。

ある日洗濯機から出ると、

ひざが「ビリビリ」。

終わりましたね。

相方は私を袋に入れる時、

「ありがとう。さようなら」と、

言ってくれました。

おわり

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391p

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